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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)2530号 判決 1957年2月23日

原告 株式会社東北銀行

被告 東京中央燃料株式会社

主文

被告は、原告に対し、金三〇万円及びこれに対する昭和二八年一〇月二二日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、その請求原因として、(一)被告は、昭和二六年八月七日、訴外千葉七郎に宛てて、金額五〇万円、満期同年一〇月一五日、支払地並びに振出地東京都新宿区、支払場所株式会社富士銀行新宿支店の約束手形一通を振出した。(二)訴外千葉七郎は、右約束手形を、訴外柴田義男に白地式裏書によつて譲渡し、同訴外人は、昭和二六年八月一五日、これを原告に裏書譲渡した。(三)原告は、右約束手形の所持人として、満期にこれを支払場所に呈示して支払を求めたが拒絶された。(四)裏書人たる訴外柴田義男は、昭和二八年一〇月二一日、原告に対し、本件手形金の内金二〇万円と同日までの利息を支払つた。(五)よつて、被告に対し、本件手形金残金三〇万円とこれに対する昭和二八年一〇月二二日から完済まで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴請求に及んだと述べ、被告の抗弁に対し、(い)原告は、訴外柴田義男から、本件約束手形を単純裏書によつて譲渡を受けたのであるが、原告係員が誤つて「取立委任候ニ付」なるスタンプを押捺したので、昭和三一年二月中に、裏書人たる訴外柴田義男の承認の下に右文言を抹消した。(ろ)原告は、被告に対し、昭和二九年九月二八日附翌二九日到達の内容証明郵便をもつて本件手形債務の履行を催告し、それより六箇月内の昭和三〇年二月二三日、新宿簡易裁判所に対し、本件手形金の支払命令の申立をなし、同月三一日同命令が被告に送達されたから、消滅時効は中断された。右催告は被告社長野口孝一宛になされたが、被告において異議なくこれを受領したから、催告は有効である。(は)訴外千葉七郎が本件約束手形を詐取したこと、訴外柴田義男が右の事実を知つてこれを取得したことは知らないと述べ、証拠として、甲第一号証の一、二、同第二、三号証、同第四号証の一ないし九を提出し、証人柴田義男、同斎藤克郎の各証言を援用し、乙第一号証の成立は知らないと述べた。

被告訴訟代理人は、本案前の抗弁として、原告は、訴外柴田義男から本件約束手形の取立委任裏書を受けたものであるから、自ら原告たり得ないものである。よつて、本訴は却下さるべきであると述べ、本案につき、原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として、請求原因事実中、原告が訴外柴田義男から本件約束手形の単純裏書を受けたこと(原告は、後記のとおり訴外柴田義男から本件約束手形の取立委任裏書を受けたものである。)、原告が同訴外人から本件約束手形の裏書譲渡を受けた日が昭和二六年八月一五日であることは否認する。その余の事実はすべて認めると述べ、抗弁として(一)本件手形債務は昭和二九年一〇月一五日をもつて消滅時効が完成した。よつて、原告が裏書人たる訴外柴田義男の承認を得て「取立委任ニ付」の文言を抹消して取立委任裏書を単純裏書に変更したとしても、右の変更は前記文言を抹消した昭和三一年二月のことであるから、当時既に本件手形債務は消滅してをりこれが譲渡を受けるに由なかつたものである。仮りに右裏書が当初から単純裏書であつて、原告が一応本件手形債権の譲渡を受けたものであつたとしても、その後にいたつて同債務は消滅した。(二)仮りにそうでないとしても本件約束手形は、訴外千葉七郎が被告係員に対し、真実木炭を出荷する意思がないにも拘らず、五〇万円相当の木炭を出荷するからこれが代金前払のために同金額の約束手形を振出されたいと嘘を言つて被告係員を欺して振出させたものであり、訴外柴田義男は、右の事実を知つてこれが裏書譲渡を受けたのであるから、同訴外人から取立委任裏書を受けた原告に対し同訴外人に対する右抗弁を対抗し得る。仮りにそうでないとしても、原告は昭和三〇年二月に本件約束手形の単純裏書(期限後裏書)を受けたのであるから、訴外柴田義男に対する前記抗弁を原告に対抗し得ると述べ、原告の時効中断の主張に対し、原告主張の昭和二九年九月二八日附の催告書が翌二九日被告に到達したことを認めるが、同催告書は被告社長野口孝一宛になされたものであるところ、当時被告の代表者は飯田金彌であつて野口孝一ではなかつたから、右催告は無効である。仮りに無効でないとしても、右催告は手形の呈示を伴わないから、手形債務の履行催告としての効力を生じない。原告が、昭和三〇年三月二三日、新宿簡易裁判所に対し、本件手形金支払命令の申立をなし、同命令が同月三一日被告に送達されたことは認めるが、その前手続たる催告が無効であるから、時効中断の効力を生ずるに由ないものであると述べ、証拠として、乙第一号証を提出し、証人三佐川佐市の証言を援用し、甲号各証の成立を認めると述べた。

理由

一、被告が、昭和二六年八月七日、訴外千葉七郎に宛てて、金額五〇万円、満期同年一〇月一五日、支払地並びに振出地東京都新宿区、支払場所株式会社富士銀行新宿支店の約束手形一通を振出したこと、訴外千葉七郎が、右約束手形を、訴外柴田義男に白地式裏書によつて譲渡したこと、同訴外人が、原告に対し、同約束手形を裏書譲渡したことは当事者間に争がない。

二、右訴外柴田義男から原告に対する裏書譲渡が取立委任裏書であるか単純裏書であるかについて考えてみるに、成立に争のない甲第三号証、同第四号証の二、六、証人柴田義男、同斉藤克郎の各証言を綜合すれば、原告は、昭和二六年八月一五日、訴外柴田義男から手形割引により本件約束手形の単純裏書を受けたものであること、その裏書欄に「取立委任得ニ付」とあるは、原告係員が誤つて右文言のスタンプを押捺したものであつて取立委任裏書を受けたものではないことが認められ、この認定を左右すべき証拠は全くない。

なお、右「取立委任候ニ付」の文言が昭和三一年二月中に裏書人たる訴外柴田義男の承認の下に抹消されたことは当事者間に争がないけれども、前認定の事情の下においては、もと取立委任裏書であつたものが右の抹消によつて単純裏書に変更されたものと認めることはできない。

そうすると、右裏書が取立委任裏書であることを前提とする被告の本案前の抗弁は理由がない。

三、原告が本件約束手形の所持人として、満期にこれを支払場所に呈示して支払を求めたが拒絶されたことは当事者間に争がない。

四、時効の抗弁について考えてみるに、原告が、昭和二九年九月二八日附翌二九日被告に到達の内容証明郵便をもつて、本件手形債務の履行の催告をなしたこと、同郵便の宛名が被告社長野口孝一であつたことは当事者間に争がなく、被告において右催告書を異議なく受領したことは被告において明らかに争わないから、被告において当時その内容を了知したものと推定すべきである。よつて、仮りに右野口孝一が当時被告の代表者でなかつたとしても(成立に争のない甲第一号証の一によれば、本件約束手形は被告社長野口孝一によつて振出されていることが認められ、原告はこの記載にもとづいて前記名宛の催告書を発したものと思われる)、前記郵便による催告は催告として有効なものと認むべきである。右催告に手形の呈示を伴わなかつたことは原告の明らかに争わないところである。さて、手形債務者を遅滞に付するための裁判外の請求には手形の呈示を必要とするけれども、消滅時効中断のための請求(催告)には手形の呈示を要しないものと考える。けだし、呈示を伴わない手形債権者の請求でも、その権利主張の意思及び事実は充分に表現せられるし、もともと、この請求(催告)は、民法第一五三条に規定する如き更に強力な中断方法をとらない限り時効中断の効力を生じないものであるからである。而して、成立に争のない甲第二号証によれば、前記催告書には、本件手形を詳細完全に表示してその履行を請求する旨記載されているから、これによつて、その権利主張の意思と事実とは余すところなく表現されているものというべく、被告としては、これによつて催告にかかる手形債務の内容を完全に知ることができたわけであるから、前記催告は適法有効であつたと解する。右催告が本件手形債務の消滅時効完成前になされたものであることは、暦数上明白であり、この催告から六箇月以内であること明白な昭和三〇年三月二三日本件手形債務につき支払命令の申立がなされたこと、同月三一日に同命令が被告に送達されたことは何れも当事者間に争がない(同命令に対し被告の適法な異議申立によつて本訴が係属するにいたつたことは記録上明白である)から、これによつて時効は中断されたものと解すべきである。よつて、本抗弁は理由がない。

五、詐取の抗弁について考えてみるに、訴外柴田義男がその前者たる訴外千葉七郎において被告から本件約束手形を詐取したことを知つて同手形を取得したとの事実を認むべき証拠は全くないから進んで判断を加えるまでもなく、本抗弁も亦理由がない。

六、よつて、被告に対し、本件手形金残金三〇万円とこれに対する昭和二八年一〇月二二日から完済まで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の請求(本件手形金の内金二〇万円と昭和二八年一〇月二一日までの利息が既に支払われたことは原告の自陳するところである)は、すべて理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 鳥羽久五郎)

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